季刊[はちのへ中心蔵ウェル]

南部の昔っ子「盗っ人神様」 [ well vol.96]

南部の昔っ子「盗っ人神様」 久慈瑛子作

 昔々、ある所に貧乏だけど人の良い若者が居だったず。ある日のこと山からの帰り道だったず。森の中から「おぶさりてぇーだがさりてぇー」という声が聞こえたず。若者はその声がとても可愛いくてやさしげだったので、つい「おぶさりてがったらおぼされ!」と、声をかけて背中を向げだす。そしたら「ふわっ」と何物かが背中におぶさったずもな。

 家に帰っておろして見だら、なんときれいなあね様人形だったず。若者は嫁っこがほしいと思っていたので、大喜び。「あね様」と呼んで山さでも畑さでもおぶって仕事に出掛けたず。

 ある日、若者はあね様をおぶって町の櫛屋に出掛けたずもな。あね様に可愛いい櫛を買って喜ばせたいと思ったのだず。櫛屋には櫛の外にも、かんざし、きんちゃく袋と、きれいな小物がいっぱい並べてあったず。若者は、あね様に小さい櫛を買ってけだず。

 その時だず、急にあね様が口を開いだず。「おら、かんざしもほしい」って。若者が「銭こない」と云ったら「かんざしを盗め、盗め」と若者の後ろの首根っこに爪を立てて叫ぶのだず。若者はついに店主が立ったすきにかんざしを盗んでしまったず。

 さて、これが始まりだったずもな。あね様は欲しいものがあれば若者の首根っこを爪でひっかき「それ盗め、これ盗め、それ今だ、手を伸ばせ、隠せ」と泥棒の指南をするようになったず。そのうちに若者はだんだん盗みが上手になり、盗みくせがついでしまったのだず。

 そんなある日、若者は村の長者様の蔵掃除に村の人達と手伝いに行ったず。長者様には米蔵・酒蔵・衣装蔵と蔵がいっぱいあったず。若者達は蔵の掃き掃除や草取りをするのだず。若者は衣装蔵の虫干しが大好きだったず。それは衣装蔵のたんす、長持ちから全部の着物や帯を出して、庭一面に張った綱に着物や帯を掛けて日に当て、風に当てる風景はたまげたきれいなもんだったず。

 今年も衣装蔵の虫干しをしたずもな。若者はそのきれいさに掃除を止めて見とれていたず。そしたら背中のあね様がさあ大変「着物がほしい、帯がほしい。さあ早く盗め盗め」と騒ぎ出したず。若者はとうとう着物を一枚盗んでふところに隠したず。ところが運悪く蔵守りのじ様にみつかってしまったずもな。若者はとっさに逃げだず、後から「まで!」と声がしたず。背中のあね様は体をはちゃげて(跳ね上げて)「逃げろ逃げろ」と叫んだす。

 ところが川の側まで来たら若者は草に足をからませてばったりと倒れてしまったず。その瞬間、若者の首にしがみついていたあね様が「ポーン」と飛んで川の中さ落ちでしまったず。あれよあれよという間に人形のあね様はすいすいと川下に流されてしまったず。

 さて捕まった若者は、蔵守りのじ様に着物を返してあやまったず。そして今までのあね様のことを正直に話したずもな。そしたら蔵守りのじ様は「そのおぶさりてぇ人形は泥棒の神様じゃ。何でも人間の後こんど(後ろの首の根)にひっついてあれ盗め、これ盗めと泥棒させるいくでねぇ(悪い)神様だもんだず。」「したども川に流された盗っ人神様は死ぬことはなかべども、今度又、そのおぶさりてぇ人形を拾った人は、大変な罪人になるべな。あぁおっかねえおっかねえ。盗っ人神様を拾わねように気を付けねば」といったず。
どっとはれ