季刊[はちのへ中心蔵ウェル]

南部の昔っ子「田螺と野老の話っこ」 [ well vol.84]

南部の昔っ子「田螺と野老の話っこ」 久慈瑛子作

 昔々あったず。ある所に田螺と野老が居だったずもな。

 ある春の天気の良い日に、田螺は外の世の中が見たいもんだと、田んぼの水の中から這い上がって、のそのそと道に出てきたず。同じ日に野老も外の世の中が見たいもんだと、畑の土の中から這い上がって、のこのこと道に出て来たず。

 さて、その道は一本道だったずもな。右から来た田螺と、左から来た野老が道の真ん中でばったりと出合ったず。「野老どの、野老どの、どちらへ?」と、田螺が声を掛けだずもな。そしたら「はい。新しい世の中見んと水辺まで」と答えたず。次に野老が「田螺どの、田螺どの、どちらへ?」と声を掛けだず。「はい。我も新しい世の中見んと、山上へ」と、二人とも大声で見得を切ったもんだず。

 さて、それから二人は「道中、お静かに」と、お互いに自分の進む方向に行こうとしたず。ところが田螺が足を一歩前に進めたら、何んと、野老も足を一歩前へ進めて来たず。そこで二人はぶつかりそうになったずもな。「こりゃ、どうも」と、田螺が右へ足を進めたら、何んと、野老も右へ寄って来て、又ぶつかりそうになったのだず。「ふん」と田螺が今度は、左へ寄って行こうとしたら、又もや野老が左へ寄って来て、田螺は前に進めなくなってしまったず。とうとう田螺が怒って叫んだず。「こらっ、寄げろ。にがにがしや野老どの、曲がり曲がった身の毛を全部抜いてやるぞ」と叫んだず。

 そうしたら野老も「こら寄げろ。泥田の中のごみ被り、背中まるめて、あゝ、可笑しいや」と叫んだず。

 こうして二人は、一歩も道をゆずらずに大げんかしていたら、そこへパカパカと田掻き馬が走ってきて、田螺と野老はあっという間に蹴飛ばされでしまったず。

 新しい世の中見たいと張り切って旅に出だ二人だったずども、相手に「一歩」ゆずる気持ちがないばっかりにけんかして、馬に蹴飛ばされて、大怪我をしてしまったず。

 まぁまぁ、世の中こんな訳で、中々自分の思うようになんねえもんだず。

どっとはれ